2025年3月12日、佐野元春のNEW ALBUM「HAYABUSA JET Ⅰ」が発売されました。
元春クラシックスの名曲たちを”再定義”した、新曲と言ってもいいくらいの楽曲が集まった素晴らしいアルバムです。

セールスも好調のようで、ファンとしては嬉しい限り。
佐野元春45周年、THE COYOTE BAND結成20年目の節目の年に最高のスタートです!
この記事では、「HAYABUSA JET Ⅰ」の全曲を、過去に発売された原曲と共に紹介しています。
ぜひ、お好きな飲み物を片手に、リラックスしてお楽しみください。
「HAYABUSA JET Ⅰ」全曲紹介


佐野元春の過去の楽曲を”再定義”したアルバム「HAYABUSA JET Ⅰ」。
過去発表された原曲との違いを書いていきます。YouTube動画も貼ったので聴き比べてみてください。
Youngbloods
原曲の「Youngbloods」は、1985年2月にシングルとして発売されました。
歌詞に「ニューイヤーズデイ」とあったり、決意を表す内容のものであるため、特に1年の始まりに聴くと「1年頑張っていこう!」と言う気持ちにさせてくれます。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | ヤングブラッズ (7″インチ) ![]() ![]() | ヤングブラッズ (12″インチ) ![]() ![]() | カフェ・ボヘミア![]() ![]() | Moto Singles 1980-1989![]() ![]() | ノー・ダメージ Ⅱ![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | The 20th Anniversary Edition![]() ![]() | THE LEGEND – Early days of Motoharu Sano![]() ![]() | THE SINGLES – EPIC YEARS 1980-2004![]() ![]() | The Essential Cafe Bohemia![]() ![]() | ベリー・ベスト・オブ・佐野元春ソウルボーイへの伝言![]() ![]() | 月と専制君主![]() ![]() | 佐野元春&ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラ![]() ![]() | MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004![]() ![]() |
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発売日 | 1985.02.01 | 1985.03.21 | 1986.12.01 | 1990.05.12 | 1992.12.09 | 1994.08.26 | 2000.01.21 | 2003.01.01 | 2006.07.12 | 2006.12.6 | 2010.09.29 | 2011.01.26 | 2017.05.31 | 2020.10.07 |
今回の”再定義”では、原曲より少しアップテンポになっていますが、コヨーテバンドらしい仕上がりです。
つまらない大人にはなりたくない
原曲は「ガラスのジェネレーション」と言うタイトルで、1980年10月にシングルとして発売されました。
ピアノをフィーチャーしたPOP要素のある、しかし少し憂いのある歌詞が特徴的です。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | ガラスのジェネレーション (7″インチ) ![]() ![]() | ガラスのジェネレーション![]() ![]() | ハートビート![]() ![]() | ノーダメージ![]() ![]() | ハートランド![]() ![]() | Moto Singles 1980-1989![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | THE LEGEND – Early days of Motoharu Sano![]() ![]() | THE SINGLES – EPIC YEARS 1980-2004![]() ![]() | Very Best of 佐野元春 ソウルボーイへの伝言![]() ![]() | ノーダメージ・デラックス・エディション![]() ![]() | MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004![]() ![]() |
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発売日 | 1980.10.21 | 1988.02.26 | 1981.02.25 | 1983.04.21 | 1988.04.21 | 1990.05.12 | 1994.08.26 | 2003.01.01 | 2006.07.12 | 2010.09.26 | 2013.12.25 | 2020.10.07 |
今回の”再定義”では、ギターサウンドを全面に押し出した疾走感あふれるアレンジ。元春の落ち着きのある声も相まってとてもカッコいいです。
だいじょうぶ、と彼女は言った
原曲は1999年7月にシングルとして発売されました。
アコースティックギターで「彼女」に語りかけるように歌う元春がとても印象的な1曲。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | だいじょうぶ、と彼女は言った![]() ![]() | Stones and Eggs![]() ![]() | THE SINGLES – EPIC YEARS 1980-2004![]() ![]() |
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発売日 | 1999.07.23 | 1999.08.25 | 2006.07.12 |
“再定義”では少しスローペースで、あまり抑揚はつけずに優しく語りかけるような感じになっています。
ジュジュ
原曲は1989年6月に発売されたアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」に収録されたのが最初で、シングルでの発売はありません。
気分がとてもウキウキする曲調で、ライブでもよく演奏されてファンにも人気の曲です。
今まで発売された収録アルバムは以下の通り。
収録アルバム | ナポレオンフィッシュと泳ぐ日![]() ![]() | ノー・ダメージ Ⅱ![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | グラス![]() ![]() | ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 特別限定版![]() ![]() | 月と専制君主![]() ![]() | MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004![]() ![]() |
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発売日 | 1989.06.01 | 1992.12.09 | 1994.08.26 | 2000.11.22 | 2008.06.04 | 2011.01.26 | 2020.10.07 |
“再定義”の「ジュジュ」は、もっとダンスフルでイントロから勝手に体が動き出してしまいます。コーラスの「Hey!」も結構気に入っています。
街の少年
原曲は「ダウンタウンボーイ」と言うタイトルでCDシングルとして1981年10月に発売されました。
ちょっと憂いのある曲調で、「街の少年」のことを歌っています。今聴いてもとてもかっこいい曲です。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | ダウンタウン・ボーイ![]() ![]() | サムデイ![]() ![]() | Moto Singles 1980-1989![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | The 20th Anniversary Edition![]() ![]() | SOMEDAY Collector’s Edition![]() ![]() | THE LEGEND – Early days of Motoharu Sano![]() ![]() | THE SINGLES – EPIC YEARS 1980-2004![]() ![]() | Very Best Of 佐野元春 ソウルボーイへの伝言![]() ![]() | MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004![]() ![]() |
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発売日 | 1981.10.21 | 1982.05.21 | 1990.05.12 | 1994.08.26 | 2000.01.21 | 2002.5.22 | 2003.01.01 | 2006.07.12 | 2010.09.29 | 2020.10.07 |
“再定義”された「街の少年」は、曲調がガラリと変わりスピードアップして希望を感じさせてくれます。だいぶ印象が変わりますね。
虹を追いかけて
原曲はアルバム「カフェ・ボヘミア」に収録されて1986年12月に発売されました。
”虹”は夢や希望に例えられますが、静かな冬の夜、それを求める気持ちが淡々と歌われています。
今まで発売された収録アルバムは以下の通り。
収録アルバム | カフェ・ボヘミア![]() ![]() | The Essential Cafe Bohemia![]() ![]() |
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発売日 | 1986.12.01 | 2006.12.06 |
”再定義”では、ホーンセクションが控えめになりスローなテンポになったことで、とてもピースフルな世界観になっています。
欲望
原曲は「ザ・サークル」の収録曲として1993年11月に発売されました。
印象的なギターサウンドから始まり、同じメロディを繰り返し心の中の”欲望”を語っています。
今まで発売された収録アルバムは以下の通り。
収録アルバム | ザ・サークル![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | Club Mix Collection 1984-1999![]() ![]() | グラス![]() ![]() | Very Best Of 佐野元春 ソウルボーイへの伝言![]() ![]() |
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発売日 | 1993.11.10 | 1994.08.26 | 2000.09.20 | 2000.11.22 | 2010.09.29 |
“再定義”は、エレクトリックなサウンドが加わって異空間にいるような印象を受けます。
自立主義者たち
原曲はアルバム「カフェ・ボヘミア」に収録されて1986年12月に発売されました。
ホーンセクションが楽しいライブでも盛り上がるダンスナンバーです。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | インディビジュアリスト![]() ![]() | カフェ・ボヘミア![]() ![]() | ハートランド![]() ![]() | Moto Singles 1980-1989![]() ![]() | ノーダメージ Ⅱ![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | The 20th Anniversary Edition![]() ![]() | Club Mix Collection 1984-1999![]() ![]() | The Essential Cafe Bohemia![]() ![]() |
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発売日 | 1987.11.21 | 1986.12.01 | 1988.04.21 | 1990.05.12 | 1992.12.09 | 1994.08.26 | 2000.01.21 | 2000.09.20 | 2006.12.06 |
「自立主義者たち」とタイトルを変えた”再定義”は、ホーンセクションはなくなりシンプルなバンドサウンドになっています。
君をさがしている(朝が来るまで)
原曲はアルバム「ハートビート」に収録されて1981年2月に発売されました。
若い頃の佐野元春が、ハスキーボイスでブルース調に歌っています。
今まで発売された収録アルバムは以下の通り。
収録アルバム | ハートビート![]() ![]() | ハートランド![]() ![]() | ゴールデンリング![]() ![]() | The 20th Anniversary Edition![]() ![]() | 佐野元春 & ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラ![]() ![]() |
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発売日 | 1981.02.25 | 1988.04.21 | 1994.08.26 | 2000.01.21 | 2017.05.31 |
”再定義”では、演奏ががコヨーテらしいアレンジになっていて、現在の佐野元春の渋い声とマッチしています。
約束の橋
原曲はシングルとして1989年4月に発売されました。
1992年に放映されたドラマ「二十歳の約束」の主題歌として大ヒットしたので、知っている人も多いと思います。
「今までの君はまちがいじゃない」「これからの君はまちがいじゃない」と歌ってくれて背中を押してくれる素敵な曲です。
今まで発売されたシングル/収録アルバムは以下の通り。
シングル/収録アルバム | 約束の橋![]() ![]() | ナポレオンフィッシュと泳ぐ日![]() ![]() | Moto Singles 1980-1989![]() ![]() | ノーダメージ Ⅱ![]() ![]() | ゴールデン・リング![]() ![]() | The 20th Anniversary Edition![]() ![]() | THE LEGEND – Early days of Motoharu Sano![]() ![]() | THE SINGLES – EPIC YEARS 1980-2004![]() ![]() | ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 特別限定版![]() ![]() | Very Best Of 佐野元春 ソウルボーイへの伝言![]() ![]() | 佐野元春 & ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラ![]() ![]() | MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004![]() ![]() | 「今、何処」東京国際フォーラム2023![]() ![]() |
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発売日 | 1989.04.21 | 1989.06.01 | 1990.05.12 | 1992.12.09 | 1994.08.26 | 2000.01.21 | 2003.01.01 | 2006.07.12 | 2008.06.04 | 2010.09.29 | 2017.05.31 | 2020.10.07 | 2024.03.06 |
最近のライブで披露されるコヨーテバンドアレンジの「約束の橋」を聴いていて気に入っていたのですが、この”再定義”では少し控えめになっています。
この曲が気に入ったら、ぜひライブにも足を運んでみてください!
第一線の評論家による「HAYABUSA JET Ⅰ」論


僕は音楽的な評論はできないので、ここでは評論家による専門的な評価をご紹介します。
過去と現在を繋ぎ未来へと続ける「約束の橋」
今井智子
過去と現在を繋ぎ未来へと続ける「約束の橋」
今井智子
楽曲を”再定義”するとはどういうことだろうと思いながら『HAYABUSA JET l』を聴いた。ザ・コヨーテ・バンドと共に新たにレコーディングされた10曲は全て20世紀に発表されたもので、そのうち7曲はシングル曲。つまりこの作品は佐野元春が20代から30代の時期に書いた代表曲集でもある。それをデビュー45年になる佐野が、そのキャリアに裏打ちされた情感豊かな歌を聴かせ、結成20年を迎えるザ・コヨーテ・バンドの円熟味を感じさせる演奏とひとつになれば、既発のものとは違う楽曲になるのはいうまでもない。だが新たなアレンジで演奏するだけでなく改題もして新録音した本作には、それ以上の何かがある。
リ・アレンジでのセルフ・カヴァー集は、ある程度キャリアを積んだアーティストなら作って当然だ。佐野も30周年を迎えた2011年にアニバーサリー作品『月と専制君主』を、2018年には『自由の岸辺』をリリースしている。この2作はシングル以外の曲をチョイスしているのだが、今回は前述の通りシングル曲中心だ。過去の2作が、いわば埋もれた名曲をリニューアルして再発見を促すといった作用があるとすれば、今回は多くの人に親しまれている曲を一新するだけでなく、”元春クラシックス”に新たな意味合いや存在意義をも持たせようというのが目的なのではないかと思う。
セカンド・シングルだった「ガラスのジェネレーション」は、歌詞の一節「つまらない大人にはなりたくない」が新たなタイトルになった。大人への反発をバネに成長する若々しい思いを感じさせる曲だが、この曲のテーマはこれなのだと新しいタイトルが伝えている。発表された時から曲のテーマがそれであることは明白だったが、敢えて改題することでストレートなメッセージ性を感じさせる。大人になっても「つまらない大人になりたくない」と若い頃と変わらない信念を持って生きていこうと言う新たな決意表明のようだし、若い人たちへのエールでもある。「君はどうにも変わらない」の一節は、わがままな恋人ではなく頑迷な大人たちを思わせ、いま世の中を動かしているそんな大人たちの轍を踏まないでくれと訴える曲に聴こえてくる。華やかで落ち着いたロック・チューンの中に以前と変わらない熱を込めて佐野は歌い掛けることで、”再定義”とは、そういうことだと思わせてくる。
「自立主義者たち」とタイトルが変わった「インディビジュアリスト」は、鋭い調子で鼓舞するオリジナルとは対照的に柔らかな感触の歌と演奏で穏やかに呼びかけてくる。ソウルフルなサウンドにレゲエのビートが重なり、また「新しいDance、新しいTalk」が生まれていく。誰かと手を取り合って踊っていても、それぞれは自立した存在なのだ。「個人主義者」と訳されるワードを「自立主義者」としたのは、自立すなわち自分の力で立ち進んで行くという基本的で重要な姿勢を示したいからだろう。壁を作って孤立するのではなく周囲と協調して自立していれば大丈夫だ。「風向きを変えろ」というフレーズは固定観念を捨てて自分の行動や気持ちを変えてみろと言っているように思えてくる。そもそもそういう歌だったと、目からウロコが落ちる思いがした。
”再定義”を最も感じた曲が「君をさがしている」だ。セカンド・アルバム『Heart Beat』収録曲でライヴでは人気が高いがシングルにはなっていない。”君”をさがして夜の街を彷徨うこの曲は若々しい焦燥を感じさせる曲だ。けれど”再定義”された曲の主人公は、夜のマンハッタンを彷徨う若者ではなく、子供を探す母親や父親、親を探す子供たち、親しい人の姿を求める人たちなど、様々な情景を想像する。今は世界中で災害や戦火、またいろいろなことで会えなくなっている人を探している人たちがいる。もう会えないとわかっていても、夢でもいいから再会が叶うものならと思う。ザ・コヨーテ・バンドの腰の据わった演奏と佐野の抑制の効いた歌が、決してあきらめないという意思を感じさせる。曲が喚起する情景や感情が聴くものの状況や時代によって変化するのは当然のことだが、時代や状況の変化に対応して聴き手の想像を受け止める力を曲が持つことが”再定義”なのではないかと思う。大人になった私はこうした感想を持つけれども、この曲が素敵なラヴソングなのに変わりはない。恋しい人との再会を願う時は、これからもこの曲が口ずさまれることだろう。
”再定義によって曲のイメージが広がるのは、その曲が時代を超えて人々に伝わる力を持っているからだろう。時代を超えて人々に伝わる曲を”エヴァーグリーン”と形容するが、”元春クラシックス”には言うまでもなくそうした普遍性がある。”エヴァーグリーン”だからこそ”再定義”によって与えられた新たな力を曲が発揮するのだ。本作の最後を飾る「約束の橋」にはそんな力を感じる。「君をさがしている」で描かれる夜のとばりを七色の橋が照らしてくれるかのような流れだ。どんな状況であれ希望を持って進もうと、この曲はいつでも勇気づけてくれる。「君をさがしている」だけでなく本作で”再定義”された10曲を受け止めて未来へと共に進もうと呼びかける。
佐野は現実を冷静に見据えて時には警鐘を鳴らし誰かの不在に心を痛めることもあるが、未来への希望は持ち続けようと歌う。殺伐とした空気が世界中に漂う2025年に、改めて佐野はそう呼びかけるために”再定義”したのではないだろうか。デビュー45年を迎えた佐野だからこそ可能だったこの”再定義”は、過去と現在を繋ぎ未来へと続ける「約束の橋」なのかもしれない。
出典:MOTO45TH
狂気と円熟の合せ技に奮い立つ1枚
スージー鈴木
狂気と円熟の合せ技に奮い立つ1枚
スージー鈴木
いい音楽には2種類あると思う――「震える」音楽と「奮う」音楽だ。感動に打ち震える音楽、気力が奮い立つ音楽。『Hayabusa Jet Ⅰ』は後者、まさに奮う音楽だろう。
ニューアルバムに奮わされている私は、佐野元春のちょうど10歳下。今年59歳になる男だ。以下、ロックンロールを語るのに似つかわしくないが、それを承知で、年齢の話を続けさせていただく。
アルバムの冒頭で『Young Bloods』を歌う佐野元春が「Young」ではないと指摘するのは口幅ったいのだが、彼はこの3月に69歳になった。「若々しい」とは言えども、決して「若い」とは言えないだろう。
それでも、このアルバムに奮い立つのは「これが69歳の声なのか、音なのか」と思わせるから。いや、もう少し厳密に言えば「29歳の狂気と69歳の円熟との合せ技」を感じるからである。「29歳」とは『Young Bloods』をリリースしたちょうど40年前の彼の年齢。
さて、「元春クラシックスの再定義」「ノスタルジーだけでは終わらせないぜ」というスタンスを象徴するアルバムのクライマックスを1曲挙げるとすれば『つまらない大人にはなりたくない』だと思う。
こちらはちょうど45年前の『ガラスのジェネレーション』を改題し、サウンドもまさに「再定義」「新定義」することで、メッセージがいよいよ鮮明になっていることに、私は奮い立つ。
だって「つまらない大人」にならなかった大人が、今もなお「つまらない大人になりたくない」と叫ぶ歌なのだから。
クライマックスのクライマックスは「♪SO ONE MORE KISS TO ME」の後のシャウトだ。文字にしにくい雄たけびだが、あえて書き取れば「あー!」から「ぎゃぎゃぎゃー!」に変化していくような。こんなシャウトをする69歳が、この国にかつていただろうか。
それでも、単なる乱暴で暴力的な叫びではなく、その声は、バックの上質な音にしっとりと馴染んでいる。まさに狂気と円熟が交差する瞬間――。
話は唐突に飛ぶが、2017年4月20日、TBSラジオ『伊集院光とらじおと』に吉田照美がゲスト出演した。ラジオ界2大ラジオスターの共演である。
そこで伊集院光から「今後やりたいラジオ番組」を聞かれた吉田照美は、こう答えたのだ――「年寄りが画期的なことをやる番組。『ラジオ深夜便』みたいな静かな番組じゃなく、年寄りが暴れたり、大声を出す番組」。つまりは狂気と円熟ということだ。
最近「老害」という言葉をよく耳にする。この言葉を口にするのは、もちろん老人ではない。
背景には「超」の付く高齢化社会があるのだろう。老人そのものが多いのだから、下から見ている世代にとっては、迷惑な老人も目立つということになる。「黙って静かに、縁側でお茶でもすすってろ」とでも言いたげだ。
そう言えば「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹」なんて息巻いた「有識者」もいたっけか。
百歩譲って「老害」というものが本当に存在するとして、だとしたら、その対義語は何なのか。決して、縁側でお茶をすすることじゃないだろう。
私が思う対義語、真逆の概念は、まず狂気と円熟の併せ持つこと。次に、この2つを武器にして、いくつになっても、何かを騒々しくメッセージし続ける大人であり続けることだ。
狂気と円熟。鬼に金棒。
「老いてもますます盛ん」ではなく、「老いたからこそ、ますます盛ん」な連中になること。「クレイジー・オールド・フラミンゴ」になること。これだよ、これ。
言いたいことはもちろん、「クレイジー・オールド・フラミンゴ」と書いて、佐野元春と読むということである。そして『Hayabusa Jet Ⅰ』を聴くことは、それを確かめて奮い立つということ――。
以上、佐野元春からちょうど10歳下の私の視点から語ってみたのだが、最後に、ちょうど10歳「上」の視点から。
69歳と言っても、デビュー45周年、そしてコヨーテ・バンド結成20年と言っても、全世界を今、混乱の渦に巻き込んでいるあのMr.プレジデントよりも10歳も若いんだ。
この事実を知って私は、ちょっと懐かしい歌を口ずさみたくなった。少しだけ歌詞を変えながら。
――思いのたけ 奴らの悪口をたたけよ 言葉に”関税”はかからない
出典:MOTO45TH
Grown Backwards -後ろ向きに成長
片寄明人
Grown Backwards -後ろ向きに成長
片寄明人
1982年、14歳の時に慶応大学の学園祭で体験して以来、数え切れないほど通った佐野元春のライブ。僕にとってその魅力のひとつは、ライブだけで披露される特別なアレンジだった。1985年のVISITORS TOURでメランコリックなモダン・ファンクへと生まれ変わった「アンジェリーナ」をはじめ、オリジナルの音源から過激なまでの変化を遂げたライブ・バージョンに何度驚かされ、魅せられ、そして酔いしれただろう。
「大好きな曲を新たな角度から味わう快感」を10代にして佐野元春から教えられた僕は、いまもライブにCDの忠実な再現を求める気持ちがない。GREAT3が5年ぶりにライブを再開したこの2年間も、あえて原曲のアレンジを踏襲しながら、リズムに対するアプローチを大きく変えることに挑戦している。そしてうまくいったときには過去の曲をまるで新曲に感じるほどの快感が得られることを知った。楽曲は過去のものだけにあらず、ミュージシャンと共に進化する可能性があるのだ。
理学の観点から見ると、過去・現在・未来は同時に存在するという。自分にはその理論を完全に理解できる教養はないが、過去との向き合い方が、いまを生きる上でとても重要であり、それによって未来が大きく変わるという実感は持っている。過去が現在に影響を与えるように、現在や未来の行動が過去の意味を変える可能性もあるだろう。
佐野元春は、かつて世に出した楽曲をリアレンジするだけでなく、時には歌詞までも変え、ライブ演奏にとどまらず、新たにレコーディングすることも多い。そしてその行為を後ろ向きの表現ではなく、新たな進化、楽曲の再定義だと感じさせてくれる。その挑戦的な姿勢は次世代のミュージシャンにとって理想的なロールモデルだ。デヴィッド・バーンが2004年に発表したアルバムのタイトル「Grown Backwards」という言葉が、フッと頭の中を肯定的によぎる。
2017年の「MANIJU」以降、過去を凌駕する快進撃を続けながら、デビュー45周年を迎えたキャリア・ミュージシャン。そして初期の名曲群よりも大きな喝采を浴びる新曲を生み出す奇跡的な存在。その佐野元春がTHE COYOTE BANDと共に自らのクラシックスを2025年に再定義したのが、この「HAYABUSA JET 1」だ。巷にあふれる懐古的なセルフカバー集とはまったくレベルの違う作品であることは言うまでもない。
アルバムに先立って公開された「Youngbloods」 (New Recording)は、モダンにアップデートされたソフィスティ・ポップ・サウンドが最高だった。「争ってばかりじゃ、ひとは悲しすぎる」オリジナルをはじめて聴いた16歳の冬、この言葉が歌われた時、高揚感と共に涙があふれた瞬間が忘れられない。その感情を40年近く経ったいま、新たなサウンドで再体験できる喜び。
佐野元春の音楽は僕にとって、メランコリックでセンチメンタルな自分をどんな時も包み込んでくれるロックンロールだった。そして若い頃、不安定な心といつも重ね合わせて聴いたナンバーが「街の少年」と改題された「ダウンタウン・ボーイ」だった。この曲は発表された当時からとても独特なムードをまとっていて、僕は他に似た楽曲を思いつかない。メロウでありロックである、ジャンルで括ることのできない不可思議な魅力は、このNew Recordingでも輝き続けている。
「HAYABUSA JET 1」には、オリジナル・アレンジの延長線上に進化した曲も、まったく新たなアレンジを施された曲もあるが、そのすべてが2025年の佐野元春サウンドとして、低域の充実した現代的なサウンド・デザインをともない、みずみずしく心へと響いてくる。
「元春クラシックスの再定義」は新世代へのプレゼンテーションであると共に、斬新な新アレンジで会心の仕上がりとなった「自立主義者たち」が、原曲の「インディビジュアリスト」を超えて、僕にとってのベスト・バージョンとなったように、オリジナルを超える驚きと感動を長年のファンにも与えてくれることだろう。
そして意表を突かれたこのアルバム・タイトル。彼は「“ハヤブサ・ジェット”はデヴィッド・ボウイのジギー・スターダストやジョン・レノンのウィンストン・オーブギーのような存在、僕のアバターだよ」と語っているが、正直なところ、そう名乗られても戸惑うばかりで、どう受け止めて良いのかわからない(笑)でも佐野さんらしいなと心から思う。とにかく天然でブッ飛んだ、愛すべき人なのだ。THE COYOTE BANDのメンバーに会うと、いつもみんな嬉しそうに佐野元春の面白エピソードを語り出す。僕も同じである。そしてそれは彼の音楽同様に、みんなを幸せにしてくれる。
この調子でどこまでも行ってほしい。ハヤブサのように、ジェット・マシーンのように。佐野元春は僕らの道しるべだ。
出典:MOTO45TH
【隼ジェット】佐野元春の再定義アルバム「HAYABUSA JET Ⅰ」のまとめ
さて、佐野元春の”再定義”アルバム全曲紹介、聴いてみていかがだったでしょうか?
どの曲も原曲は素晴らしいものですが、このアルバム「HAYABUSA JET Ⅰ」を初めて聴いたとき、「全部新曲じゃん!」と思ったほどです。
THE COYOTE BANDが結成20年目を迎える今年、彼らとのそれまでの経験がこの”再定義”を実現したと思っています。
もちろん、佐野元春彼自身のクリエイティブのレベルの高さがあってこそ。
まだまだ衰えない彼の創作意欲に敬服します。
まだ彼の音楽に出会っていないあなたに、彼の音楽をぜひ聴いていただきたいです。
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